まえがき
ウォール街に古くから伝わるジョークがある。「投資を始めると赤ん坊ような眠り方になるよ……2時間おきに泣いて目が覚めるから」。日々のニュースを追っていると、そう言われる理由が分かる。カリブ海に発生した熱帯低気圧がメキシコ湾のエネルギー生産に影響し、原油の高騰が株式市場を直撃する。新政権の誕生によってアメリカの対中政策が変わり、為替市場では中国製品に対する関税の導入を見込んだ動きが出始める。南米の社会主義国の指導者が電話会社の国営化に乗りしたが、その企業の大株主はニューヨーク証券取引所に上場するアメリカの企業。しかも、その南米の国はアメリカにとって第4位の石油供給国だ。これほどまでに、市場、国際社会、メディアが密につながる時代はない。1世紀半前、ロイター通信の創業者ユーリウス・ロイターは伝書バトを飛ばして、情報を待ちわびるヨーロッパの投資家に数日遅れのニュースを届けていた。それが今では、アフリカ沖で発達するハリケーンをリアルタイムで見ながら、メキシコ湾岸で生産される原油や天然ガスについての売買注文が出せる。
2005年を振り返ってみれば、薄商いの夏の市場を一変させたのは異例のハリケーンシーズン到来だった。フロリダ南部を通過したハリケーン・カトリーナは勢力を弱めるどころか速度を上げて温暖なメキシコ湾を抜け、アメリカの石油生産の拠点に接近した。当時、ニューオーリンズの港に立ち並ぶ倉庫にはあらゆるものが詰まっていた――バナナ、冷凍の鶏肉、トウモロコシ、木製パネル。気象レーダーに現れた名もなき点はやがて多くの人命を奪い、政府の危機対応のまずさを露呈する。南部の港町は完全にまひし、数万人の住民が路頭に迷い、アメリカ経済は大混乱に陥った。少なくとも100隻の貨物船がミシシッピ川の下流域で沈み、世界供給量の半分にあたる亜鉛が倉庫もろとも冠水した。ほぼすべての産業が打撃を受け、「世界最後の超大国」はその評判を著しく落とした。しかし、そのわずか1年後、アメリカの株価は史上最高値に迫るまでに回復した。コストのかさむ湾岸戦争の終結、政権の交代、原油価格の上昇を味方につけ、アメリカの金融市場は底力を見せつけたのだ。
しかし現実に目を向ければ、今後の自然災害は経済と市場にかつてないほどの打撃を与えるだろう。アメリカの沿岸部では住宅の建設ラッシュが続いており、地元住民の暮らしは危険にさらされている。国勢調査によると、大西洋ハリケーンの頻発地域に住む市民は8700万人で、これはアメリカの全人口のほぼ3割に当たる。ルイジアナ州からフロリダキーズにかけての沿岸部5万平方マイルには、1950年当時に比べて3.5倍の人口がひしめいている。それだけに災害が起きれば住民の避難は困難になり、対物被害は大きくなるだろう。市場も無傷ではいられない。損害保険料、トウモロコシの先物価格、株価に至るまで、影響を受けるはずだ。
市場の大きな矛盾点は、過去の実績は未来の成果を約束するものではないが、それでも歴史は繰り返すということだ。そして私たちの記憶は時間とともに薄れていく。マスコミがカトリーナを話題にすることも、今ではほとんどなくなってしまった。それでも大災害は確実にやってくる。インフルエンザが再び流行しようものなら、テレビレポーターや市場アナリストは1918年のスペイン風邪の例を勇んで引き合いに出すだろう。母なる自然はマーケットにとって、もっとも難しい材料かもしれない。しかしマーケットにとって、もっとも大きなリスクは別にある――人間の介入だ。この点に関して、私はアンドリュー・ブッシュの専門家ならではの分析力を頼りにしてきた。「過去は未来の序章、人間は忘却の動物」と心得るブッシュは国際市場の展開を見事に言い当てる。
ワシントンの武力外交、湾岸戦争、国際貿易の不均衡など、そのすべてがどう絡み、どう市場を揺さぶるのかを彼はたちまち把握してしまう。この数年でブッシュのコメントを、たぶん100回は伝えてきたと思うが、そのコメントが加わると市況のニュースは一段とおもしろくなる。本文を読んでいただければ分かるとおり、慧眼の持ち主アンドリュー・ブッシュが市場の難解な動きを鋭い指摘とユーモアを交えて解説してくれる。
クリスティーン・ローマンズ(CNNリポーター兼キャスター)
本書への賛辞
「経済がグローバル化の一途をたどる昨今は、すべてのイベント(世界規模の感染症、自然災害、紛争、テロ、政変など)が資本市場に大きな影響を与える。ブッシュ氏はたぐいまれなる才能の持ち主で、世界でのさまざまな出来事が金融市場をどのように左右し、投資の絶好の機会を生み出すのかを平易な言葉でズバリと解説している。本書は、グローバルマーケットを理解したいと思っている方、日々のニュースが市場をどう動かし、決定づけるのかを知りたい方にとって必携の書になるだろう」――ロブ・ニコルズ(フィナンシャル・サービス・フォーラム代表兼COO、元米財務次官補)
「ポートフォリオマネジャー、FXディーラーという職業柄、毎日配信されるブッシュ氏のメールマガジンを5年あまり愛読してきた。彼はその特異な才能で、世界中から集めたバラバラのテーマを金融市場で勝つための戦略にまとめ上げる。この30年間、FX市場で何十億という資金を動かしてきたが、その経験から断言しよう。本書は日々のイベント(世界規模の感染症、自然災害、紛争、テロ、政変など)に対するマーケットの反応を読み解くための必読書だ」――エリック・ネルソン(米FXコンセプツ社シニアポートフォリオマネジャー)
「リアルタイムのイベントを投資の材料にすることはプロの専売特許とされてきたが、今は違う。ブッシュ氏が明かすテクニックの数々は並みの市場参加者を超一流で、リッチな市場参加者に変える。ウイットを交えながら、点をつないで線にするブッシュ氏の手並みはだれもがまねできるものではない。しかし、だれでも最悪のニュースさえも儲けのネタにできることを、本書は教えてくれる」――アマンダ・ラング(カナダBNN放送「スクイーズプレー」キャスター)
「ウォール街のアナリストにとって企業決算や失業率は予測できても、政治的なこととなると未知の領域だ。日々のイベントは株式市場だけでなく、さまざまなマーケットに大きく影響する。だからブッシュのような目利きが金融市場で存在感を増しているのだ。そして、何よりブッシュ氏の書いていることが素晴らしいのは、われわれ一人ひとりを賢い投資家に変身させてくれるからである」――グレッグ・バリエール(米スタンフォード・ワシントン研究所チーフポリティカルストラテジスト)
「金融市場を動かす要因はいろいろある。ほとんどのエコノミストやストラテジストはこうした要因をマクロ経済の視点で分析する。しかし、本書はまったく異なる切り口から、新聞の見出しが市場に及ぼす重大な影響を解説している。研究熱心なトレーダー諸氏に自信をもってお勧めしたい」――周阿定(中華民国中央銀行副総裁)
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